1. 後継者不在の現状(全国52.1%・帝国データバンク2024年)
日本の中小企業の後継者不在率は 52.1%(帝国データバンク 2024年「後継者不在率動向調査」)に達しています。10社中5社以上が「後を継ぐ人が決まっていない」状態であり、これは中小企業の経営課題として最大級のテーマです。
背景には複数の要因があります:
- 経営者の高齢化: 中小企業経営者の平均年齢は60歳超、70歳以上が30%超を占めます(中小企業白書 2024年)
- 子世代の事業承継忌避: 親の事業を継ぐ「子の意思」が低下、別キャリアを選ぶケースが増加
- 事業環境の変化: 業界構造の変化、デジタル化、人手不足により事業継続そのものが難しい
- 個人保証問題: 経営者保証が後継者にとって大きな心理的・経済的負担
このまま後継者不在を放置すると、企業は最終的に 廃業 を選択するしかありません。中小企業庁の試算では、2025年までに約650万人の雇用と22兆円のGDPが失われる可能性があるとされ、社会全体の課題となっています。
都道府県別の不在率には大きな差があります。秋田県(72.3%)・鳥取県(70.6%)・島根県(66.5%)など、地方ほど深刻です。一方、三重県(34.1%)・茨城県(41.0%)など全国平均を下回る地域もあります。詳細は
10. 都道府県別ランキング をご覧ください。
2. 後継者不在 = 廃業ではない: 5つの選択肢の全体像
「後継者がいない」と「廃業しかない」の間には、実は4つの選択肢があります。本ガイドでは以下の5つを比較解説します:
- 親族内承継 — 子・孫・兄弟姉妹など親族へ承継
- 社内承継(MBO/EBO) — 役員・従業員へ承継
- 第三者承継M&A — 外部の買い手企業へ売却
- 事業譲渡 — 事業の一部のみを他社へ譲渡(会社は残す)
- 廃業 — 会社を清算、解散
近年、後継者不在の中小企業の出口として最も増加しているのは 3. 第三者承継M&A です。中小企業庁の調査では、中小企業M&A件数は過去10年で4倍以上に増加しており、政府・金融機関・民間アドバイザーによる支援体制も整備されています。
3. 選択肢1: 親族内承継
概要
子・孫・兄弟姉妹など親族へ株式と経営を引き継ぐ最も伝統的な方法です。経営者が60歳前後から計画的に進められれば、信頼関係・事業文化の継承を伴った理想的な承継ができます。
メリット
- 事業の歴史・文化・哲学を直接継承できる
- 従業員・取引先・地域からの理解が得られやすい
- 事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予)の活用が可能
- 準備期間を長く取れば、計画的な経営移譲が可能
デメリット・課題
- 後継者本人の意思・適性が必要不可欠(強制はできない)
- 株式の分散リスク(兄弟姉妹間の相続争い)
- 経営者保証の引継ぎが心理的負担
- 親族間の感情的対立リスク
適しているケース
子・孫が経営の意思を持ち、業界経験・経営能力を備えているケース。経営者が65歳前後で、後継者育成に5〜10年の時間が確保できる場合は最も理想的です。事業承継税制を活用すれば、贈与税・相続税の負担を大幅に軽減できます。
4. 選択肢2: 社内承継(MBO/EBO)
概要
役員(MBO: Management Buyout)または従業員(EBO: Employee Buyout)が、現経営者から株式と経営を引き継ぐ方法です。事業内容・取引先・組織を熟知している人材が経営を引き継ぐため、事業継続性は高い水準が期待できます。
メリット
- 事業内容・取引先・社員を熟知した人材が経営継承するため移行がスムーズ
- 従業員のモチベーション向上(自社の経営に参画できる)
- 創業者の経営理念が維持されやすい
- 外部に売却する第三者承継より「裏切り感」が少なく、心理的に進めやすい
デメリット・課題
- 資金調達が最大のハードル。役員・従業員には株式買取資金がないことが多い
- 金融機関からのMBO資金調達(LBO的スキーム)または分割払いの設計が必要
- 既存の経営者保証の引継ぎ問題
- 経営能力の確実性(番頭格の役員でも、トップとしての判断力は別問題)
適しているケース
幹部役員が30〜50代で、経営参画意欲と能力があるケース。日本政策金融公庫・地方銀行のMBO融資、中小企業基盤整備機構のファンド出資など、資金調達手段は近年充実しています。事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)も活用可能です。
5. 選択肢3: 第三者承継M&A(最も増加中)
概要
外部の買い手企業(同業・隣接業種・PEファンド・大手企業)に株式譲渡または事業譲渡で会社を売却する方法。後継者不在の解決策として近年最も急成長している選択肢です。
メリット
- 後継者問題が一気に解決する(買い手の経営チームが引き継ぐ)
- 従業員の雇用・取引先・ブランドを存続させられる
- 創業者は売却対価を得られる(個人保証も解除されるケースが多い)
- 買い手企業のリソース・ネットワークで事業が成長することも
- 業種により高いマルチプル評価(IT 4〜8x、医療 4〜8x、製造 3〜6x)
デメリット・課題
- 買い手探索・交渉に6〜12ヶ月の時間が必要
- 仲介手数料(譲渡価格の3〜5%)+ 着手金が発生
- 譲渡条件交渉(雇用・経営方針・社名等)が複雑
- デューデリジェンス(DD)対応の負担
- 譲渡後の経営方針変更リスク(買い手に委ねる)
適しているケース
後継者がいない、または親族・社内候補者の経営能力が不足しているケース。特に 事業内容が業界平均以上の収益性を持ち、買い手にとって魅力的 なケースで適しています。中小企業庁の 事業承継・M&A補助金(専門家活用費の2/3〜3/4補助、上限250万〜600万円)を活用すれば、仲介・FA手数料の負担を軽減できます。
業種別の評価レンジ(参考)
6. 選択肢4: 事業譲渡(部門単位の出口)
概要
会社全体ではなく、特定の事業(部門・店舗・ブランド)のみを他社へ譲渡する方法。会社・法人格は残り、その他の事業は経営者が継続することが可能です。
メリット
- 不採算事業の整理 + 注力事業への集中ができる
- 会社全体の譲渡より柔軟(譲渡対象を選べる)
- 承継したい事業のみ社内承継し、それ以外を第三者へ売却することも可能
- 消費税・売却益課税のスキーム設計余地あり
デメリット・課題
- 許認可の個別再取得が必要(建設業・医療法人等)
- 譲渡対象資産・契約の個別承継手続きが煩雑
- 従業員の転籍同意が必要
- 消費税課税対象(株式譲渡は非課税)
適しているケース
複数事業を展開しており、一部のみ承継・他は売却したい経営者。または不採算事業を切り離して残りの事業を成長させたいケース。M&A戦略の柔軟性を活かせる中堅企業に向いています。
7. 選択肢5: 廃業(最後の手段)
概要
会社を清算・解散して事業を終える方法。後継者不在の最終手段として位置付けられますが、上記4つの選択肢を十分に検討した上で選択すべきです。
メリット
- 第三者の介入なく経営者の判断で完結できる
- 事業を清算することで残務処理が完了
デメリット・コスト
- 従業員の解雇(解雇予告手当・退職金等の負担)
- 取引先・顧客への供給停止(社会的影響)
- 在庫・固定資産の処分損失(簿価以下での売却)
- 原状回復費用(賃借物件の返却)
- 清算結了までの登記・会計コスト
- 創業者の精神的負担(社員・社会・地域への責任感)
判断基準
廃業を選ぶ前に、必ず 「同業・隣接業種への第三者承継M&Aができないか」 を専門家に相談しましょう。中小企業庁の 事業承継・引継ぎ支援センター(全47都道府県・無料)が一次相談に応じています。
近年、廃業を選択する経営者が後悔するケースが増えています。「もっと早くM&Aを検討すべきだった」「廃業コストでM&A手数料を上回ってしまった」という声が多く、廃業はあくまで最終手段と位置付けるのが現代の事業承継実務です。
8. 5択比較表(コスト・期間・難易度・継続性)
| 選択肢 |
準備期間 |
必要コスト |
難易度 |
事業継続性 |
従業員雇用 |
創業者収入 |
| 1. 親族内承継 |
5〜10年 |
低(贈与税対策のみ) |
★★★(後継者意思要) |
◎ |
◎ |
△(贈与・相続) |
| 2. 社内承継 MBO/EBO |
3〜5年 |
中(金融機関調達要) |
★★★★(資金調達難) |
◎ |
◎ |
○(株式買取代金) |
| 3. 第三者承継 M&A |
1〜2年 |
中(仲介費 譲渡額3〜5%) |
★★★(買い手探索) |
○ |
○(条件次第) |
◎(売却対価) |
| 4. 事業譲渡 |
1〜2年 |
中(許認可再取得) |
★★★★(手続き複雑) |
○(一部) |
△(転籍同意要) |
○(譲渡対価) |
| 5. 廃業 |
6ヶ月〜1年 |
高(解雇・処分・登記) |
★★(手続き完結) |
× |
× |
×(処分損のみ) |
選択肢1〜4はいずれも事業を存続させる選択肢です。創業者の引退時期と後継者候補の有無から、最適な選択肢が変わります。
9. 早期に動く価値: 5年前と1年前の違い
事業承継準備は 早期に動くほど選択肢が広がり、好条件で着地できる という鉄則があります。
引退の5〜10年前から準備した場合
- 親族内承継・社内承継・第三者M&A 全選択肢が可能
- 後継者育成・組織体制整備の時間が確保できる
- 事業承継税制等の優遇措置を計画的に活用できる
- 業績好調時の譲渡で高い評価額が期待できる
- 買い手とのマッチング・交渉に十分な時間を取れる
引退の1〜2年前で準備開始の場合
- 親族内承継・社内承継は実質的に困難(後継者育成期間不足)
- 第三者M&Aが現実的選択肢の中心となる
- 買い手探索・交渉時間が短く、条件で妥協しやすい
- 業績悪化時の譲渡となり評価額が下がる
- 最悪の場合、廃業選択を余儀なくされる
経営者が60歳になった時点で、事業承継の準備開始を検討することを推奨します。すぐに引退する必要はなく、選択肢を広げるための「準備」を始めることが、5年後・10年後の選択肢の幅を決定します。
10. 都道府県別 後継者不在率ランキング(独自集計)
帝国データバンク2024年の都道府県別後継者不在率データを集計しました。地域差は最大38ポイントと非常に大きく、地方の事業承継課題の深刻さが浮き彫りになっています。
出典: 帝国データバンク「2024年 全国・都道府県別 後継者不在率動向調査」(公開済17県)。全国47都道府県のデータは 都道府県一覧 で個別ページからご確認いただけます。
地域別の傾向
東北・北海道・山陰・四国・沖縄 など地方ほど不在率が高い傾向があります。これは①若年層の都市部流出 ②地域経済の縮小 ③親族の都市部就業による事業承継忌避 という構造的要因が重なっているためです。
一方、関東・東海・近畿の都市圏 では不在率が比較的低く、後継者候補が見つかりやすい・第三者M&Aの買い手探索が容易な環境があります。
11. 公的支援窓口の活用
事業承継には公的な無料相談窓口が複数整備されています。営利目的の仲介会社に相談する前に、まず公的窓口で全体像を把握することをお勧めします。
都道府県事業承継・引継ぎ支援センター(全47都道府県・無料)
中小企業庁・中小機構が運営する公的相談窓口。各都道府県に設置され、事業承継の一次相談・買い手とのマッチング・コーディネーター派遣まで全て無料で対応します。
商工会議所・商工会の経営相談
地元の商工会議所・商工会では、無料の経営相談・専門家派遣(税理士・中小企業診断士等)が提供されています。事業承継の準備段階や個別相談に有用です。市区町村別の窓口情報は 都道府県一覧 から各地域ページで確認できます。
事業承継・M&A補助金(中小企業庁)
事業承継・M&Aに伴う専門家活用費(仲介手数料・FA費用・DD費用等)や経営革新費用の一部を補助。類型により 上限250万〜600万円。申請にはM&Aアドバイザーや認定支援機関の関与が必要です。
金融機関の事業承継支援
地方銀行・信用金庫・日本政策金融公庫などでは、事業承継ローン・MBO融資・M&A仲介サービスが提供されています。取引銀行への相談は事業承継準備の第一歩として有効です。
事業承継・M&Aの実務には、公的窓口での無料相談から、買い手探索・売り手側支援を伴う本格的なM&Aアドバイザリーまで、複数の選択肢があります。それぞれの特性を理解した上で適切な相談先を選ぶことが、成功への近道です。
当サイト運営: 株式会社KI Strategy
本サイト「事業承継M&A調査君(chosakun.com)」は、株式会社KI Strategy が運営しています。同社は 買い手側支援・売り手側支援・デューデリジェンス(BDD/ITDD)・PMI・IM作成・セカンドオピニオン までM&Aライフサイクル全般のアドバイザリーを提供しています。代表の 今井 健太郎 は野村総合研究所を経て2016年に同社を設立、半導体・ソフトウェア・製造業・医療・建設業など幅広い業種でDD・PMI実績を有します。
無料相談・概算企業価値査定をご希望の方は、以下のリンクからお問い合わせください。
13. よくある質問(FAQ)
Q.後継者不在の場合、まず何から始めればいいですか?
最初のステップは①現状把握(自社の財務状況・株主構成・後継者候補の有無の整理)②選択肢の比較(親族内・社内・第三者M&A・事業譲渡・廃業)③専門家相談(公的支援センターまたはM&Aアドバイザー)です。準備期間として5〜10年見ておくのが理想ですが、最低でも2〜3年は確保したいところです。
Q.後継者がいない=廃業しかないのでしょうか?
いいえ、廃業以外に4つの選択肢があります。①親族内承継 ②社内承継(MBO/EBO) ③第三者承継(M&A) ④事業譲渡。多くの場合、第三者承継M&Aが現実的な選択肢となります。雇用・取引先・ブランドを守りながら売却益も得られるため、近年急増しています。
Q.M&Aで会社を売却するとき、従業員の雇用は守れますか?
M&Aの譲渡条件交渉で雇用継続を盛り込むことが一般的です。売り手側のアドバイザーが代理人として「従業員の雇用継続」「労働条件の維持」を契約条項に明記するよう交渉します。買い手側も人材確保が買収目的の一つであることが多いため、雇用維持はM&A実務上の標準条件となっています。
Q.会社の売却価格はどのように決まりますか?
中小企業M&Aでは「年買法(時価純資産+営業利益×3〜5年分)」または「EV/EBITDA倍率法(EBITDA×業界別マルチプル)」が標準的な算定方法です。業種により評価レンジが異なり、IT・SaaSは高め(EV/EBITDA 5〜8x)、飲食・サービスは低め(2〜4x)。当サイトの
無料企業価値査定ツールで概算が3分で確認できます。
Q.M&A仲介の費用はどれくらいかかりますか?
中小M&A仲介は「着手金(0〜100万円)+成功報酬(譲渡価格の3〜5%、レーマン方式)」が一般的です。中小企業庁の事業承継・M&A補助金を活用すれば、専門家活用費・仲介手数料の一部(上限250万〜600万円)が補助されます。完全成功報酬型のサービスもあります。
Q.M&Aの相談はいつ始めるべきですか?
理想は経営者60歳前後(引退の5〜10年前)から準備開始です。早期に動く価値は①選択肢が広がる②好条件で売却しやすい③従業員・取引先への影響を抑えられる④事業承継税制等の優遇措置を活用しやすい点。逆に65歳以降に準備を始めると、買い手選定・交渉に十分な時間が取れず、不利な条件での売却または廃業に追い込まれるリスクが高まります。
Q.地方の中小企業でも買い手は見つかりますか?
見つかります。むしろ地方の中小企業ほど、地域インフラ維持・サプライチェーン強靭化の観点から買い手の戦略的需要が高まっています。地方銀行・地方公的支援センターのマッチング機能、業界専門のM&Aアドバイザー、PEファンドによるロールアップなど、複数の買い手チャネルが存在します。当サイトの
都道府県一覧から地域別の専門家・支援機関情報をご確認ください。
Q.事業承継の公的支援は無料で利用できますか?
はい、無料です。各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センター(中小企業庁・中小機構が運営)は、相談・マッチング・コーディネーター派遣まで全て無料で対応します。商工会議所・商工会の経営相談窓口も無料です。ただし公的窓口は順番待ちや専門領域の限界があり、本格的な買い手探索や譲渡条件交渉はM&Aアドバイザーに委託するのが一般的です。
Q.廃業ではなくM&Aを選ぶメリットは?
主なメリットは①雇用継続(廃業すると従業員全員解雇)②取引先・顧客への継続供給(取引網が消滅しない)③売却益の獲得(廃業は資産処分損失だけが残ることも)④創業者の社会的影響を残せる⑤事業承継・M&A補助金の活用が可能。廃業コスト(解雇予告手当・原状回復・在庫処分等)はM&A検討時の比較基準となります。
Q.後継者不在率が高い地域では特殊な支援はありますか?
後継者不在率が60%を超える地域(秋田・鳥取・島根・北海道・沖縄等)では、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターが特に積極的にマッチング機能を提供しています。地域金融機関・地方自治体・商工会議所が連携した「事業承継ネットワーク」も組成されており、地方独自の補助金制度も活用可能です。当サイトの市区町村別ページから地域の支援窓口情報をご確認ください。
監修
今井 健太郎(株式会社KI Strategy 代表取締役)
早稲田大学政治経済学部卒。野村総合研究所を経て、2016年に株式会社KI Strategyを設立。M&Aアドバイザリー、デューデリジェンス(BDD/ITDD)、PMI支援を専門とする。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授。
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