中小企業庁が運営する事業承継・M&A補助金(旧 事業承継・引継ぎ補助金)は、中小企業の事業承継・M&Aを資金面から支援する制度である。2026年5月15日に14次公募の採択結果が公表され、申請512件のうち311件が採択された。全体採択率は約60.7%である。
| 事業枠 | 申請件数 | 採択件数 | 採択率 |
|---|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 169 | 103 | 60.9% |
| 専門家活用枠 | 299 | 180 | 60.2% |
| PMI推進枠 | 43 | 27 | 62.8% |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 1 | 1 | 100.0% |
| 合計 | 512 | 311 | 60.7% |
出典: 中小企業庁・独立行政法人中小企業基盤整備機構「事業承継・M&A補助金(14次公募)採択者の決定について」(2026-05-15公表分)。
14次の申請構成は、専門家活用枠が58.4%(299件)、事業承継促進枠が33.0%(169件)、PMI推進枠が8.4%(43件)、廃業・再チャレンジ枠が0.2%(1件)。専門家活用枠が全体の約6割を占めるのは過去公募と一貫した傾向で、これは中小M&A仲介・FA市場の継続的な活況を示している。
事業承継・M&A補助金は、令和7年度補正予算(14次以降)に至るまで、おおむね半期に2回・年間4回ペースで公募が実施されている。直近3公募の数値を並べると、市場と制度運用の温度感が読み取れる。
| 公募回 | 採択発表日 | 申請 | 採択 | 採択率 |
|---|---|---|---|---|
| 第12次公募 | 2025-10-27 | 742 | 453 | 61.1% |
| 第13次公募 | 2026-01-15 | 481 | 293 | 60.9% |
| 第14次公募 | 2026-05-15 | 512 | 311 | 60.7% |
出典: 12次=中小機構お知らせ(2025-10-27)、13次=中小企業庁採択公表(2026-01-15)、14次=中小企業庁採択公表(2026-05-15)。各種専門家・支援機関の集計分析を参照のうえ整理。
(1) 採択率は60〜61%帯で極めて安定している。合計値で見ても枠別で見ても、ほぼブレがない。これは制度的に「定員制」ではなく「事業計画の質的審査による足切り」が運用の中心となっていることを示している。事業計画書がしっかり書けていれば6割は通る、逆に書けていなければ4割は落ちる、という構造である。
(2) 申請総数のピークは12次(742件)。13次・14次は500件前後に落ち着いている。12次は令和6年度補正予算の初回・かつ事前着手制度が利用できた最後の世代であり、駆け込み申請が集中した可能性が高い。13次以降は事前着手が廃止された影響で、申請のタイミングがM&A実務のスケジュールに合うように分散している、と解釈できる。
(3) PMI推進枠の継続的な存在感。14次でPMI推進枠は申請43件・採択27件で、絶対数こそ少ないが採択率62.8%と最も高い。PMI(経営統合)支援は中小M&Aで「やった方がいい」から「やらないと壊れる」への認識転換が進んでおり、補助金活用の選択肢として定着しつつある。
14次採択311件のうち、180件(57.9%)が専門家活用枠である。この枠は仲介手数料・FA費用・DD費用・セカンドオピニオン費用・表明保証保険料等を補助対象とし、買い手支援類型と売り手支援類型に分かれる。買い手は補助上限600万円(DD実施で+200万円、譲渡価額5億円以上の100億宣言企業は最大2,000万円特例)、補助率2/3。売り手は補助上限600万円、補助率1/2(営業利益率低下時は2/3)、下限50万円。
専門家活用枠の特徴は、申請ハードルが他枠より相対的に低い点にある。具体的な投資計画より「M&A実行に伴う専門家費用」が中心で、事業計画書の作り込みも譲渡相手とのシナジー記述に集中できる。中小M&A実務でほとんどの売り手・買い手が真っ先に検討すべき枠である。
事業承継促進枠は、親族内承継・従業員承継の後継者が、承継後の経営革新(店舗改修・機械装置導入・システム導入・外注費等)に取り組む際の補助である。補助上限800万円(賃上げ計画達成時1,000万円)、補助率は原則1/2(小規模企業者は2/3、800万円超部分は一律1/2)、下限100万円。
第三者承継(M&A)が脚光を浴びる中、親族内・従業員承継は依然として中小企業の事業承継の主流である。中小企業白書(2023年版)によれば、近年事業承継をした経営者の就任経緯は、2022年時点で親族内承継と従業員承継がいずれも34.0%と同水準で並び、社外への引継ぎ(M&A・第三者承継)の割合が増加傾向にある、と整理されている。事業承継促進枠は、この親族内・社内承継組の経営革新を後押しする数少ない補助金として、今後も需要が継続する見込みである。
PMI推進枠は、M&A成立後の経営統合支援に特化した枠で、「専門家活用類型(補助上限150万円・補助率1/2)」と「事業統合投資類型(補助上限800万円・補助率1/2、小規模2/3、賃上げで1,000万円)」の2類型構成。中小M&Aでは、譲渡契約クロージング後のPMIフェーズで顧客流出・キーマン離職・想定シナジー未達が頻発する。「成立後の失敗」を補助金活用で予防する設計が広がりつつある。
廃業・再チャレンジ枠は、M&A検討中の事業者が最終的に廃業を選択した場合の廃業支援費・在庫廃棄費・原状回復費等を補助する。補助上限150万円、補助率2/3。14次の申請は1件で全件採択。同枠の利用が極めて少ないのは構造的で、(a)廃業を「補助金で支援する」という発想自体が経営者・士業に浸透していない、(b)他のM&A枠と併用前提のため独立利用が少ない、(c)廃業実務は商工会議所・事業引継ぎ支援センターの無料相談で済むケースが多い、等が要因として考えられる。
14次採択率60.7%は、裏返せば申請512件のうち201件(39.3%)が不採択であったことを意味する。事務局からは個別の不採択理由が原則開示されないが、複数の認定M&A支援機関の集計・分析を踏まえ、不採択になりやすいパターンを整理する。
申請事業計画書において、買収・承継後の既存事業との関連性が薄く、相乗効果が定量的に示せていないケース。「とりあえずM&Aで事業拡大」レベルの抽象的記述では、評価点が大きく下がる。
回避設計: 売上増加率(前年比/3年累計)、コスト削減額(具体金額)、新規顧客獲得数(試算根拠付き)、技術・人材・販路の補完関係を、定量的な根拠とともに記述する。中小M&A実務で言えば、「IM(インフォメーション・メモランダム)・LOI(基本合意書)の段階でシナジー仮説をどこまで具体化できているか」が、補助金申請書の質に直結する。
申請事業者が、中小企業基本法上の中小企業に該当しないケース、または「みなし大企業」(大企業からの出資比率が一定以上)と判定されるケース。形式的な資本構成のチェックを怠ると、内容が良くても自動的に欠格となる。
回避設計: 業種別の中小企業定義(資本金・従業員数)、株主構成、グループ内出資関係を、申請前に必ず確認する。買い手側でVCや事業会社からの出資を受けている場合は、出資比率と種類株式の条件を精査する。
専門家活用枠等で必須となる「認定M&A支援機関の確認書」が、公募締切までに発行されないケース。確認書発行には支援機関側のレビューが必要で、通常2〜4週間程度を要する。
回避設計: 公募開始直後(できれば公募開始前の事前協議)に認定支援機関へ相談を開始する。M&A仲介・FA契約締結時点で、補助金活用の意思を伝え、申請書類フォーマットと進行スケジュールを共有しておく。
事業計画書の経費明細に、補助対象外経費(不動産取得費・車両購入費・人件費〔給与〕・既存設備の保守費等)を混入させてしまうケース。一部の混入で申請全体の評価が下がるリスクがある。
回避設計: 各事業枠の公募要領で対象経費の定義を確認し、グレーゾーンの経費は事務局に問い合わせる。経費の証憑(見積書・契約書)も、公募要領が想定する書式に準拠させる。
過去3年の決算書と、申請事業計画の収支予測が乖離しているケース。「実績は赤字続きだが、補助金交付後は売上3倍・利益率10%」のような根拠の薄い計数計画は、評価で大きく減点される。
回避設計: 過去実績の延長線上で予測を組み、補助金活用による具体的なレバレッジ(売上+X%、コスト−Y%)を分けて記述する。付加価値額成長率の計算根拠を別表で示す。
14次公募で実務に最も大きく影響したのが、「事前着手制度の原則廃止」である。13次までは、公募申請後に交付決定を待たずとも、対象経費の契約・発注を進めることができた(ただし、最終的に不採択となった場合は補助対象外)。14次以降は、原則として交付決定後に契約・発注しないと補助対象にならない。
(1) M&A実務スケジュールへの影響: 中小M&Aの典型的なスケジュール(売り手選定3ヶ月+交渉DD3ヶ月+クロージング1ヶ月=合計約7ヶ月)の中で、補助金申請から交付決定まで通常2〜3ヶ月かかる。「補助金申請開始 → 交付決定 → M&A実務本格着手」という順序を意識して逆算する必要がある。「すでに進んでいるM&A案件に対し、後から補助金申請する」というパターンは難しくなった。
(2) 仲介・FA契約の発注タイミング: 仲介・FA契約も「交付決定後の発注」が原則となるため、補助金活用前提でM&Aを進める場合、(a)公募開始から契約締結までを意図的に遅らせる、または(b)補助金申請とは独立にM&Aを進める、のいずれかの判断が必要となる。
(3) 駆け込み利用の抑止: 13次までは「とりあえず申請しておけば事後的に対象化できる」という運用が一部存在したが、14次以降はこれが制度的に封じられた。「採択前提でM&Aを完成させる」アプローチから、「補助金交付前提でM&Aを設計する」アプローチへ転換することが、補助金活用の前提となった。
2026年5月時点で15次公募の公式日程は未発表だが、過去の運用パターン(年4回・概ね3〜4ヶ月間隔)から、2026年6〜7月の公募開始・8〜9月の締切・10〜11月の採択発表が想定される。15次に向けて準備すべき項目を、KI Strategyの実務経験を踏まえ整理する。
株式会社KI Strategyは、中小企業庁M&A支援機関登録制度の登録機関として、事業承継・M&A補助金の申請支援を提供している。仲介ではなく独立系コンサルティング・アドバイザリーとして、買い手側または売り手側のいずれか一方に専任で関わる設計であり、双方代理による利益相反リスクを排除した助言を行う。
A. 14次公募(2026年5月15日発表)の全体採択率は約60.7%です。申請512件のうち採択311件。枠別は事業承継促進枠60.9%(169→103)、専門家活用枠60.2%(299→180)、PMI推進枠62.8%(43→27)、廃業・再チャレンジ枠100%(1→1)。12次・13次もほぼ同水準(60〜61%)で安定しています。
A. 最大の変更点は「事前着手制度の原則廃止」です。13次までは公募申請後すぐに契約・発注に動けましたが、14次以降は交付決定後でないと補助対象経費の契約・発注ができません。M&A仲介契約・DD発注・PMI支援契約のタイミングを補助金スケジュールと整合させる設計が必須となりました。
A. 2026年5月時点で15次公募の公式日程は未発表ですが、過去の運用パターン(年4回・概ね3〜4ヶ月間隔)から推定すると、2026年6〜7月の公募開始・8〜9月の締切・10〜11月の採択発表という流れが想定されます。確実な情報は事業承継・M&A補助金公式サイトの更新で確認してください。
A. 不採択理由ワースト5は、(1)事業継続性・シナジー欠如、(2)中小企業要件不備・みなし大企業判定、(3)認定M&A支援機関との連携不足、(4)補助対象外経費の混入、(5)財務基盤と計数計画の矛盾、です。シナジーの定量化と認定支援機関への早期相談が、不採択回避の最短経路となります。
A. 14次公募の専門家活用枠は買い手支援類型・売り手支援類型に分かれます。買い手は補助上限600万円・補助率2/3が基本、DD実施で+200万円、譲渡価額5億円以上で売上高100億円宣言を行う場合は最大2,000万円の特例上限。売り手は補助上限600万円・補助率1/2(営業利益率低下時は2/3)、下限50万円です。詳細はM&A手数料の相場とレーマン方式の補助金セクションを参照ください。
A. 認定M&A支援機関とは、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」に登録された仲介・FA・コンサル・士業等の機関です。事業承継・M&A補助金(特に専門家活用枠)の申請には、登録支援機関による「確認書」の発行が必須要件です。確認書発行プロセスには通常2〜4週間程度を要するため、申請計画段階での早期相談が不可欠です。
A. はい、不採択となった案件も次回以降の公募に再申請可能です。重要なのは「なぜ不採択になったか」の分析と事業計画書の改善です。中小企業庁・事務局からは個別の不採択理由が原則開示されないため、第三者専門家による事業計画書の独立レビューが有効です。シナジー記述の定量化・PMI計画の具体化・財務計画の整合性確認が再申請成功の鍵となります。