1. 株式譲渡とは(事業譲渡との違い)
株式譲渡とは、対象会社の株主が保有する株式を譲受人(買い手)に売却することで、会社の経営権を移転するM&A手法です。会社(法人格)はそのまま残り、株主構成のみが変わるため、会社が保有する資産・契約・許認可・従業員等を 個別の承継手続きなしで そのまま引き継げる点が最大の特徴です。
中小M&Aの実務では 株式譲渡が最も一般的な手法 です(中小M&Aガイドライン・各種業界統計)。事業譲渡やその他のスキーム(合併・会社分割等)と比べて、許認可・契約・雇用の継承が原則そのまま行える点、税負担が軽い点で実務上選好されます。一方で、買い手は簿外債務まで含めてすべてを引き継ぐリスクを負う点が事業譲渡との大きな違いです。
| 項目 |
株式譲渡 |
事業譲渡 |
| 譲渡対象 |
株式(経営権) |
事業を構成する資産・契約・従業員等を個別 |
| 法人格 |
そのまま継続 |
売り手側に残る |
| 許認可 |
そのまま継承 |
原則として再取得が必要 |
| 取引先契約 |
そのまま継承 (CoC条項の確認要) |
個別同意・契約再締結が必要 |
| 従業員雇用 |
そのまま継承 |
転籍同意が必要 |
| 簿外債務 |
買い手が引き継ぐ |
譲渡対象から除外可能 |
| 個人株主の税金 |
譲渡所得 20.315% (申告分離) |
会社で法人税課税後、配当・退職金で個人へ |
| 消費税 |
非課税 |
課税(10%) |
| 印紙税 |
不課税 |
4万円〜(金額により) |
| 手続きの煩雑さ |
シンプル |
個別承継で複雑 |
株式譲渡は売り手にとってシンプルかつ税負担も軽い反面、買い手にとっては簿外債務・偶発債務を含むすべてのリスクを引き継ぐ覚悟が必要です。この非対称性をデューデリジェンスと表明保証で補完するのが中小M&A実務の基本構造です。
2. 株式譲渡が選ばれる3つの典型シナリオ
シナリオA: 後継者不在の経営者が第三者へ会社売却
中小企業M&Aで最も多いパターン。後継者がいない経営者が、引退と引き換えに会社全体を第三者の同業・隣接業種・PEファンド等へ売却。株式譲渡対価を退職資金とし、雇用・取引先・ブランドを存続させます。詳しくは 後継者不在の解決方法 をご参照ください。
シナリオB: 創業者の引退(バイアウト)
創業者が事業を成長させた段階で、経営者交代と現金化を目的にPEファンド・上場企業・MBO等で株式譲渡。創業者は譲渡対価+退職慰労金を得て、新たな投資・引退・別事業に資金を回します。
シナリオC: グループ再編・選択と集中
親会社が保有する子会社株式を別企業へ譲渡し、グループ事業の選択と集中を実現。法人株主による株式譲渡で、譲渡益は法人税課税となります。中堅・大手企業のM&Aで多いパターンです。
3. 全体の流れ:10ステップ
中小M&Aの株式譲渡は、検討開始からクロージングまで概ね6〜12ヶ月を要します。以下の10ステップで進行するのが標準です。
STEP 01
売り手内部の意思決定・アドバイザー選定
期間目安: 1〜2ヶ月
経営者・株主間でM&A方針を確認。会社の財務・事業内容の現状を整理し、希望譲渡条件(譲渡時期・希望価格・雇用維持等)を社内検討します。並行して、M&A仲介・FA・地域金融機関・事業承継・引継ぎ支援センター等から相談先を選定。複数のアドバイザーから提案を受け、料金体系・実績・支援姿勢を比較した上で 手数料体系 を確認して専属契約を締結します。
STEP 02
企業価値算定・売却準備(IM作成)
期間目安: 1〜2ヶ月
アドバイザーが 企業価値算定(年買法・EV/EBITDA・DCF)を行い、譲渡希望価格レンジを設定。同時に、買い手候補へ提示する IM(インフォメーション・メモランダム) を作成します。IMには事業内容・市場ポジション・財務サマリ・将来計画・譲渡条件案などを記載し、これを基に買い手探索を行います。並行して買い手候補リスト(ロングリスト・ショートリスト)の作成も進めます。
STEP 03
買い手探索・ノンネームシート提示
期間目安: 2〜4ヶ月
まずは会社名を伏せた ノンネームシート(業種・地域・規模・概要のみ記載した1〜2枚の匿名資料)を買い手候補に提示。秘密を保ちながら関心度を測ります。中小M&Aガイドライン第3版(2024年8月)では、ノンネームクリア(ノンネーム情報の対外開示)に関する規律も明示されており、候補先と仲介・FAは「いつ・誰に・どの情報を開示するか」を慎重に管理します。
STEP 04
NDA締結・IM開示・初期面談
期間目安: 1〜2ヶ月
関心を示した買い手候補との間で 秘密保持契約(NDA / CA) を締結。社名を含むIMを開示し、財務情報・事業詳細を共有します。経営者同士のトップ面談、現地訪問、追加質問対応を経て、買い手の意向表明(LOI: Letter of Intent)受領まで進めます。
STEP 05
基本合意書(LOI/MOU)の締結
期間目安: 1ヶ月
譲渡対価・スキーム・スケジュール・独占交渉権・主要条件等を 基本合意書 として書面化。法的拘束力は限定的(独占交渉条項・秘密保持条項のみ拘束力を持たせるのが一般的)ですが、以降のデューデリジェンス・最終契約交渉の出発点となります。仲介手数料の中間報酬は、多くの場合この基本合意時に発生します。
STEP 06
デューデリジェンス(DD)実施
期間目安: 1〜2ヶ月
買い手が会計士・弁護士等を起用して、対象会社の財務・法務・税務・ビジネス・労務・IT等を詳細に調査します。中小M&Aでは 財務DD・法務DDが必須、案件規模に応じてビジネスDD・ITDD・労務DD・環境DDを追加します。簿外債務・偶発債務・許認可リスク・契約上の問題等が発見されると、譲渡対価の調整・条件変更・場合により交渉破綻に至ります。詳しくは DD・PMI支援 をご覧ください。
STEP 07
最終契約書(SPA)の交渉・締結
期間目安: 1ヶ月
DDの結果を踏まえて譲渡対価・条件を確定し、株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement) を弁護士を交えて作成・交渉します。SPAには譲渡対象株式、対価と支払方法、クロージング条件(CP)、表明保証、誓約事項、補償条項、競業避止義務、経営者保証の取扱い等を詳細に規定。中小M&Aでも数十ページに及ぶ詳細な契約書となります。最終契約締結により取引条件が法的に確定します。
STEP 08
譲渡承認手続き(取締役会/株主総会)
期間目安: 数日〜数週間
非公開会社(譲渡制限会社)では、株主が会社に 株式譲渡承認請求書 を提出し、取締役会(取締役会設置会社)または株主総会(取締役会非設置会社)で承認決議を行います(会社法第136条・139条)。承認後、会社から譲渡当事者に 株式譲渡承認通知書 を交付。これにより、株式譲渡が会社に対しても有効となります。
STEP 09
クロージング(代金決済・株式の引渡し)
期間目安: 1日
SPAで定めたクロージング条件(CP: 譲渡承認の取得、表明保証の真実性、各種同意取得、第三者の同意等)がすべて充足されたことを確認したうえで、クロージング を実行。同時並行で(1)代金の銀行振込、(2)株主名簿の名義書換、(3)株券(発行されている場合)の交付、(4)代表者印・通帳・実印・登記書類の引渡し、(5)経営者保証の解除手続き、(6)役員変更登記の準備、を実施します。
STEP 10
株主名簿名義書換・登記・PMI開始
期間目安: 1〜3ヶ月
クロージング後、株主名簿の名義書換 を確実に実施し、譲受人を新株主として記載します(会社法第130条: 株主名簿の名義書換が会社に対する対抗要件)。代表者交代があれば 役員変更登記(クロージングから2週間以内が登記期限)。並行して取引先・銀行への変更通知、内部体制の引継ぎ、PMI(Post-Merger Integration: 経営統合)が本格化します。PMIは100日プランの実行で、買い手主導で進めます。
4. 必要書類一覧(譲渡制限会社の場合)
譲渡制限株式の譲渡(中小企業の大半はこのケース)で必要となる主な書類は以下の通りです。
| 書類名 | 作成・提出者 | 役割 |
| 株式譲渡承認請求書 | 株主(譲渡人または譲受人)→会社 | 譲渡承認を求める請求書(会社法136条) |
取締役会議事録 (取締役会設置会社) | 会社 | 譲渡承認決議の証跡(会社法139条) |
株主総会招集通知 +議事録 (取締役会非設置会社) | 会社 | 譲渡承認決議の証跡(会社法139条) |
| 株式譲渡承認通知書 | 会社→譲渡当事者 | 承認結果の通知 |
| 株式譲渡契約書(SPA) | 譲渡人・譲受人 | 譲渡条件の合意書 |
株主名簿書換請求書 (株主名義書換請求書) | 譲渡人・譲受人(連名)→会社 | 株主名簿の更新を請求 |
| 株主名簿 | 会社 | 株主の権利を会社に対抗する基礎(会社法121条) |
| 株主名簿記載事項証明書 | 会社→譲受人 | 株主であることの証明(株券不発行会社の場合) |
| 役員変更登記書類 | 会社 | 代表者変更を法的に確定(クロージングから2週間以内) |
| 印鑑証明書 | 譲渡人・新代表者 | 役員変更登記・SPA調印時の本人確認 |
※ 株券発行会社では別途、株券の現物交付が必要となります。多くの中小企業は株券不発行会社化が進んでいるため、株主名簿記載事項証明書での運用が主流です。
5. 期間の目安(売り手・買い手別)
株式譲渡の全プロセスは概ね6〜12ヶ月。事前準備が整っているか、買い手が早期に決まるかで大きく変動します。
| フェーズ | 売り手側の作業 | 買い手側の作業 | 期間 |
| 準備 |
意思決定・アドバイザー選定・IM作成 |
戦略検討・買収候補リスト化 |
2〜4ヶ月 |
| マッチング |
ノンネーム提示・NDA・IM開示 |
IM検討・LOI提示 |
2〜4ヶ月 |
| 基本合意 |
条件交渉・基本合意書調印 |
条件交渉・基本合意書調印 |
1ヶ月 |
| DD |
資料提供・Q&A対応・マネジメント面談 |
財務/法務/ビジネス DD実施 |
1〜2ヶ月 |
| 最終契約 |
SPA交渉・表明保証協議 |
SPA交渉・補償条項協議 |
1ヶ月 |
| クロージング |
譲渡承認・株主名簿書換 |
代金決済・登記準備 |
1ヶ月 |
準備フェーズに時間をかけるほど、後半工程が短縮されます。逆に、財務資料の整備、株主構成の整理、許認可の確認、簿外債務の洗い出しを後回しにすると、DD段階で多数の論点が噴出し、最終契約交渉が長期化、あるいは交渉破綻に至るリスクが高まります。
6. 譲渡承認手続き(会社法139条)
多くの中小企業の定款には 株式の譲渡制限(会社法第107条1項1号)が定められており、株式譲渡には会社の承認が必要です(会社法第136条)。承認手続きの主要論点は以下の通りです。
承認機関の決定
会社法第139条1項に基づき、譲渡承認の決議機関は:
- 取締役会設置会社: 取締役会で承認決議(過半数の取締役の出席・過半数の賛成)
- 取締役会非設置会社: 株主総会で承認決議(普通決議)
- ただし、定款で別段の定めを置くことができ、例えば代表取締役の専決とすることも可能
承認請求の方法
株式譲渡承認請求書には、(1)譲渡対象株式の種類・数、(2)譲受人の氏名・名称、(3)会社が承認しない場合に会社または指定買取人が買い取ることを請求するか、を明記して会社に提出します。
不承認の場合の処理
会社が譲渡を承認しない場合、(1)会社が指定買取人を指定、または(2)会社自身が買い取る選択肢があります。これは少数株主や敵対的譲渡を防ぐための制度設計で、買取請求があった場合は通知日から40日以内に対応する必要があります(会社法第140条)。
対抗要件としての株主名簿名義書換(会社法130条)
譲渡が成立しても、株主名簿の名義書換を行わなければ、譲受人は会社に対して株主としての権利(配当受領、議決権行使等)を主張できません(会社法第130条)。クロージング時に必ず株主名簿の書換を完了させることが、株式譲渡実務の基本です。
7. 株式譲渡の税務(個人株主・法人株主)
個人株主の場合:申告分離課税 20.315%
個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡所得に対して 所得税15% + 住民税5% + 復興特別所得税0.315%(所得税額の2.1%) の合計 20.315% が 申告分離課税 として課されます(国税庁 No.1463)。
計算式: 譲渡所得 = 譲渡対価 − 取得費 − 譲渡費用
- 譲渡対価: 株式譲渡契約で受け取る金額
- 取得費: 株式を取得した時の金額(創業者は資本金の払込額、相続・贈与で取得した場合は被相続人・贈与者の取得費を引継)。取得費が不明な場合は譲渡対価の5%を概算取得費として控除可能
- 譲渡費用: 仲介手数料、印紙代等の譲渡に要した費用
法人株主の場合:法人税課税
親会社等が子会社株式を譲渡する場合、譲渡益は 法人税の課税所得 に含められ、実効税率(中小法人 約23〜34%)が適用されます。グループ法人税制等の特例が適用される場合もあるため、税理士との詳細協議が必要です。
役員退職慰労金スキームによる節税
オーナー経営者が 株式譲渡と同時に役員を退任 する場合、譲渡対価の一部を 役員退職慰労金 として会社から受け取ることで、税負担を最適化できる場合があります。退職所得は:
- 退職所得控除(勤続年数20年以下:40万円×年数、20年超:800万円+70万円×(年数-20))の適用
- 控除後の金額をさらに 1/2課税
- 他の所得と分離した 分離課税
を受けられるため、譲渡所得20.315%より低い実効税率となるケースが多くあります。ただし、不相当に高額な役員退職金は税務上否認されるリスクがあり、適正額の算定には類似企業比較・功績倍率法等の合理的根拠が必要です。具体的なスキーム設計は必ず税理士に相談してください。
印紙税
株式譲渡契約書は 印紙税の課税文書に該当しません(事業譲渡契約書は4万円〜の課税対象)。これは株式譲渡が事業譲渡より選好される実務上の理由の一つです。
税務スキームの設計は、M&A検討の初期段階から着手することが極めて重要です。役員退職慰労金の計上は、株主総会決議・損金算入要件・適正額算定等、半年〜1年の準備期間が必要なケースが多く、クロージング直前に対応しようとすると間に合わないことがあります。
8. 経営者保証の解除(2024年改訂対応)
中小企業が金融機関から借入をする際、経営者個人が連帯保証人となる 「経営者保証」 が広く行われています。株式譲渡で経営者が退任する場合、この個人保証の取扱いがM&Aの重要論点となります。
経営者保証の3つの選択肢
- 解除: 金融機関と協議し、保証を完全に外す(理想だが金融機関の判断次第)
- 新代表者への移行: 買い手側の新代表者が新たに保証を引き受ける
- 残存(一部または全部): 旧経営者の保証が一部残る(売り手不利のためトラブル要因)
2024年改訂中小M&Aガイドラインの規律
中小企業庁は2024年8月に 中小M&Aガイドライン(第3版) を公表し、経営者保証の取扱いを支援機関の遵守事項として明確化しました:
- M&A支援機関は、士業等専門家・事業承継・引継ぎ支援センター・金融機関等への相談を売り手経営者に説明する
- 最終契約書に経営者保証の扱いの調整状況を明記する
- 解除に至らなかった場合の リスクを最終契約書のリスク事項として説明する
- 金融庁も「中小・地域金融機関向け監督指針」を改訂し、金融機関がM&Aに伴う経営者保証の解除相談に 適切な対応 を行うよう求めている
実務上は、最終契約締結前に取引金融機関と 事前協議書面 を取り交わし、クロージング時または直後に保証解除を実行するプロセスを組み込むのが標準的です。
9. クロージングと表明保証
クロージング条件(CP)
SPAには「クロージングを実行するための前提条件(CP: Conditions Precedent)」が列挙されます。代表的なCPは以下の通りです。
- 譲渡承認の取得(取締役会・株主総会決議)
- 表明保証の クロージング時点 での真実性
- 誓約事項(プレ・クロージング誓約)の遵守
- 金融機関の同意取得(CoC条項のある借入契約)
- 主要取引先からの同意取得(CoC条項のある重要契約)
- 許認可の維持・移転手続き完了
- 重大な悪影響(MAE: Material Adverse Effect)の不発生
- 競争法上の承認取得(一定規模以上の案件)
表明保証(Representations and Warranties)
売り手が、対象会社の状態(財務・法務・税務・労務・許認可・契約・知財・環境等)について事実と相違ないことを表明・保証する条項です。違反が発覚した場合、買い手は 損害賠償請求・補償請求 を行えます。中小M&A実務では:
- 補償上限: 譲渡価額の30〜100%が中心。重大な特定事項(基本的事項・税務・環境等)は無上限とすることも
- 補償期間: 一般項目は1〜2年(譲渡価額や交渉力次第で1〜3年)、税務関係は5〜7年(時効期間に対応)、環境関係は5〜10年または事案により無期限とすることもある
- 免責閾値(バスケット条項): 個別損害が一定額以上、または合計損害が一定額以上の場合のみ請求可
表明保証保険(W&I保険)
近年、中小M&Aでも 表明保証保険 の活用が広がっています。保険料は譲渡価額の1〜3%程度。売り手の補償リスクと買い手の回収リスクを共に軽減でき、特にPEファンドが買い手の案件では標準的なリスク管理ツールとなりつつあります。
10. よくある失敗パターン7選
- 株主名簿の名義書換漏れ — クロージング当日のドタバタで書換手続きを失念。譲受人が株主権を会社に対抗できず、後日大きなトラブルに
- 譲渡承認手続きの形式不備 — 取締役会の招集通知・議事録に瑕疵があり、譲渡が無効と争われる
- 経営者保証の取扱い未確定のままクロージング — 譲渡後に旧経営者へ保証履行請求が来る重大トラブル
- 役員退職慰労金の準備不足 — 株主総会決議の遅延、適正額の根拠資料不足で損金否認
- CoC条項の見落とし — 重要取引先・金融機関の契約に「支配権変動時の解除条項」があるのを見逃し、譲渡後に主要取引先を失う
- 表明保証の射程に対する認識ズレ — 売り手が「知らなかった」事項にまで補償義務が及び、譲渡対価の一部を返還することに
- 株式の分散整理を後回し — 創業家親族間の少数株主が反対し、買い手側が「100%取得」の条件を満たせず破談
これらは中小M&A実務で繰り返し発生する典型的な失敗です。経験豊富なM&Aアドバイザーと弁護士・税理士の協働により、ほぼすべて事前に防止可能です。
11. よくある質問(FAQ)
Q.株式譲渡と事業譲渡の違いは?
株式譲渡は「株主が変わるだけで会社(法人格)はそのまま継続」する手法、事業譲渡は「会社が保有する事業(資産・契約・従業員)を個別に他社へ売却」する手法です。株式譲渡は手続きがシンプルで税負担も軽い(個人株主の譲渡所得20.315%)一方、買い手側が簿外債務リスクも引き継ぐデメリットがあります。事業譲渡は許認可の再取得や個別承継手続きが必要ですが、リスクの切り分けがしやすく、売り手にとっては消費税課税(事業譲渡対価に課税)の負担があります。中小M&Aの実務では、許認可・契約・雇用がそのまま継承できる株式譲渡が最も多用されるスキームです。
Q.株式譲渡の手続きはどれくらい時間がかかりますか?
M&A検討開始からクロージング(株式の引き渡し・代金決済)まで一般的に6〜12ヶ月が目安です。内訳は①売り手内部の意思決定・仲介選定 1〜2ヶ月、②売却準備(IM作成等)1〜2ヶ月、③買い手探索 2〜4ヶ月、④基本合意までの交渉 1ヶ月、⑤デューデリジェンス 1〜2ヶ月、⑥最終契約交渉 1ヶ月、⑦クロージング 1ヶ月。事前準備に時間をかけるほど後半工程が短縮されます。譲渡承認・株主名簿書換等の法定手続き自体は最終段階の数日〜数週間で完了します。
Q.譲渡承認は誰が行いますか?取締役会と株主総会の違いは?
非公開会社(譲渡制限会社)の株式譲渡には会社の譲渡承認が必要です(会社法139条)。承認機関は「取締役会設置会社では取締役会」「取締役会非設置会社では株主総会」が原則です。中小企業の大半は譲渡制限を定款で設けており、株主が会社に株式譲渡承認請求書を提出し、取締役会または株主総会で承認決議を行い、株式譲渡承認通知書を交付する流れになります。承認後、株主名簿の名義書換を行って初めて、譲受人は配当・議決権等の株主権を会社に対抗できるようになります(会社法130条)。
Q.株式譲渡の必要書類は何ですか?
主な必要書類は以下です。①株式譲渡承認請求書(譲渡制限会社の場合)、②取締役会議事録または株主総会議事録(承認決議の証跡)、③株式譲渡承認通知書、④株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement)、⑤株主名簿書換請求書(譲渡人・譲受人の連名)、⑥株主名簿、⑦株主名簿記載事項証明書、⑧代表者変更時の役員変更登記書類・印鑑証明書、⑨表明保証保険を付保する場合の保険契約書。譲渡制限会社では①②③が必須、それ以外は会社の体制と取引内容に応じて準備します。
Q.株式譲渡の税金はどれくらいかかりますか?
個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡所得に対して合計20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)の申告分離課税が課されます。譲渡所得=譲渡対価−取得費−譲渡費用で計算します。法人株主の場合は法人税の対象となり、別途事業所得や他の所得と通算されます。経営者本人が個人株主のオーナー経営者では、譲渡対価の一部を役員退職慰労金として受け取ることで、退職所得控除と1/2課税を活用した節税スキームが組めるケースがあります。具体的な税務設計は事前に税理士へ相談してください。
Q.経営者保証はM&A後に解除されますか?
M&Aで会社を譲渡する場合、売り手経営者の個人保証(経営者保証)の解除は重要論点です。中小M&Aガイドライン(2024年8月改訂第3版)と経営者保証ガイドラインに基づき、(1)金融機関との事前協議で解除または買い手側経営者への移行を確実にすること、(2)最終契約書に経営者保証の取扱いを明記すること、(3)解除されなかった場合のリスクを事前に説明することが、M&A支援機関の遵守事項として定められています。実務上は、最終契約締結前に取引金融機関と保証解除の合意を得るプロセスが組み込まれることが一般的です。
Q.クロージングとは何を指しますか?
クロージングとは、最終契約(SPA)で合意した条件をすべて履行し、株式の引き渡し・代金決済・経営権移転を完了する最終段階の手続きです。具体的には、(1)クロージング条件(CP: Conditions Precedent)の充足確認、(2)株主名簿の名義書換、(3)代金決済(銀行振込が一般的)、(4)役員変更登記、(5)印鑑証明書・通帳・実印等の引渡し、(6)経営者保証の解除手続き、(7)取引先・銀行への通知準備、を1〜数日内に集中的に実施します。クロージング後は買い手主導でPMI(経営統合)フェーズに移行します。
Q.表明保証とは?違反した場合どうなりますか?
表明保証(Representations and Warranties)とは、売り手が買い手に対して、会社の財務・法務・税務・労務・許認可等の状態が事実と相違ないことを表明し保証する契約条項です。M&A後に表明保証違反が判明した場合、買い手は売り手に対して(1)損害賠償請求、(2)補償請求、(3)場合により契約解除を行うことができます。中小M&Aでは表明保証保険を付保することで、売り手の補償リスクと買い手の回収リスクを軽減することが近年広がっています。保険料は譲渡価額の1〜3%程度が相場です。
Q.株式譲渡契約書(SPA)の主な内容は?
株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement)には主に以下の事項を記載します。①譲渡対象株式(種類・株数)、②譲渡対価とその支払方法、③クロージング条件(CP)、④クロージング日、⑤表明保証条項、⑥誓約事項(売り手・買い手の各約束)、⑦補償条項(補償上限・期間・除外事項)、⑧競業避止義務(売り手の競業避止期間・地域)、⑨秘密保持義務、⑩経営者保証の取扱い、⑪役員退任・引継ぎ事項、⑫紛争解決条項(管轄裁判所・準拠法)。中小M&Aでも数十ページに及ぶ詳細な契約書となるため、弁護士・M&Aアドバイザーのレビューが必須です。
Q.親族内承継でも株式譲渡は使えますか?
使えます。親族内承継では、株式の移転手段として(1)株式譲渡(売買)、(2)贈与、(3)相続の3つが選択肢になります。株式譲渡(売買)の場合は20.315%の譲渡所得税が課されますが、第三者間の取引ではないため、譲渡価額が時価より著しく低いと贈与税課税のリスクがある点に注意が必要です。事業承継税制(特例措置・一般措置)を活用することで、贈与税・相続税の納税猶予を受けながら親族内承継を進める手法が広く用いられています。詳しくは税理士・事業承継・引継ぎ支援センター等にご相談ください。
監修
今井 健太郎(株式会社KI Strategy 代表取締役)
早稲田大学政治経済学部卒。野村総合研究所を経て、2016年に株式会社KI Strategyを設立。M&Aアドバイザリー、デューデリジェンス(BDD/ITDD)、PMI支援を専門とする。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授。
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